恵那の暦・二十四節気『春分』


多くの出会いや別れがあり、新生活の始まりなど変化が多い時期です。そして春分の日とは、太陽が真東から昇り、真西に沈み、昼と夜が同じ長さになる日。国民の祝日であり、彼岸の中日でもあり、「自然をたたえ、生物をいつくしむ。」ことを趣旨としている日です。

私はこの恵那の暦・二十四節気を開始した時から先人達が守ってきた行事のこと、豊かな自然のことを書いてきました。ここへきて国民の祝日に関する法律に記されているこの趣旨に、ほっこり癒されています。
そして今まで知っているようで知らなかったお彼岸という文化に触れることができました。これは日本独特な文化であり、節分と同じ雑節とされています。

<令和3年・春のお彼岸>
彼岸入り:3月17日(水)
中日(春分の日):3月20日(土)
彼岸明け:3月23日(月)

 真東から太陽が昇り、真西に沈むこの日は、あの世とこの世が通じやすくなるという考え。そして先祖の供養をするようになったそうです。
ではお供えはどうでしょう?小豆の赤い色には魔除けの効果があると古くから信じられており、邪気を払う食べ物としてぼた餅とおはぎが供えられてきました。古来よりお餅は、特別な力を持つ食事として「ハレ」の日に用意されてきたのです。

(恵那市では通年、おはぎと呼ばれることが多い)

(最近は品種も多く秋や冬も咲く)
ぼたもちとおはぎの内容は同じなのに、名前が違うのはその頃に咲く花の名前にちなんで、名付けられているからです。春に咲くのは牡丹の花、秋に咲くのは萩の花で、春はぼた餅、秋はおはぎと言われるようになりました。
恵那では「恵奈の里 次米みのり祭」が開催されており歴史的にも由緒ある米作りの産地です。山間の土地柄でたくさんの棚田があることでも有名な地域。こめどころのおはぎがおいしいのも納得です。

(農村景観日本一 富田地区)
日本人はかつて、日々の日常を「ケの日」祭礼や年中行事などを行う日を「ハレの日」と呼び、日常と非日常を使い分けていました。「ハレの日」は今でも「晴れ着」や「晴れ舞台」など、お祝い事や記念日などに用いられています。
「ケの日」は使われなくなりましたが、いつもの日常を意味しています。朝起きて仕事をし、ご飯とみそ汁、ちょっとのおかずと漬物程度の食事をして寝る、というほとんど同じ毎日の繰り返しのことを意味しました。飽食時代と言われる現在では「ハレとケ」の食生活は合理的で持続可能なライフスタイルだと気づかされます。
自然をいくつしむことと、日々の食べることは隣りあわせです。今一度恵那の恵まれた自然に感謝です。えなえーるでは『発酵』や『気軽さ』といったテーマでおうちごはん講座の定期的な開催も予定しています。「ケの日」ならではのテーマですね。

 (恵那市たべる推進協議会のアドバイザー、小泉武夫先生から頂いた色紙)
「自然をたたえ、生物をいつくしむ。」どんな時代になっても子供たちに伝えていきたいと思います。

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